フルリモートワークは人を選ぶ — 孤立とメンタルヘルスの研究を、一人暮らしと家族暮らしの両側から読む

重岡 正 ·  Sat, June 6, 2026

フルリモートワークは快適です。通勤がなく、自分のリズムで働けて、家族と過ごす時間も増える。私自身、長くフルリモートで働いてきて、その恩恵は身にしみて分かります。

ただ、その快適さの裏側で、別のコストが静かに積み上がっているとしたら。2026 年 6 月 4 日付の Science 誌に掲載された研究『Home alone: Remote work, isolation, and mental health』は、まさにその「裏側」を、約 59 万人ぶんのデータで定量化したものです。

私は一人暮らしでのフルリモートも、いまの妻と子ども 3 人の 5 人暮らしでのフルリモートも経験しています。この研究のいちばんの発見は「影響は一人暮らしの人に集中する」という点なのですが、それは自分の二つの暮らしを思い返すと、痛いほど腑に落ちる結論でした。本記事では、この研究のデータを、自分の経験と照らし合わせながら読んでみます。

研究が示したこと — 在宅勤務は孤立とメンタルを悪化させる

まず研究の中身を整理します。著者は Natalia Emanuel 氏(ニューヨーク連邦準備銀行)、Emma Harrington 氏(バージニア大学)、Amanda Pallais 氏(ハーバード大学)の 3 名。アメリカの代表性のある 5 つの調査(2011〜2024 年、回答者数 N = 588,322)を使い、ピークの 2020〜2021 年を除いて分析しています。

巧みなのは分析の設計です。コロナ禍で在宅勤務が急増したのは、ソフトウェアエンジニアリングやマーケティングのような「リモート可能な職種(remotable jobs)」であって、製造や看護のような「現場が必要な職種」ではありませんでした。著者はこの差を Dingel-Neiman の remotability index で切り分け、リモート可能な職種を「処置群」、現場が必要な職種を「対照群」とみなす差分の差分法(difference-in-differences)で、リモートワークそのものの効果を取り出しています。個人の選択ではなく職種単位のシフトを見ているので、「もともとメンタルが不調な人が在宅を選んだだけでは」という逆因果の説明を避けられるわけです。

結果は、データで見ると次のようなものでした。

指標(コロナ前後の差分の差分)リモート可能職での変化
フルリモート勤務の割合+17.9 pp(リモート可能職で、対照群との差)
1 日あたり一人で過ごす時間約 +1 時間(+58.0%)
終日を完全に一人で過ごす日の割合2022〜2024 年で 84.0%(現場勤務は 23.2%)
K-6 心理的苦痛スコア+0.1 標準偏差

リモートワークが急増したことで、リモート可能な職種で働く人は 1 日あたり 1 時間ほど多く一人で過ごすようになり、しかもその時間は「誰かと協働する時間」ではなく「ソロの時間」へ偏っていきました。終業後に友人と過ごす社交も減っています。心理的苦痛の指標である K-6(Kessler Psychological Distress Scale)も悪化しました。

著者は、2011〜2019 年と 2022〜2024 年のあいだに社会全体で進んだ孤立とメンタル悪化のうち、およそ 3 分の 1(32〜36%)はリモートワークの普及で説明できる、と見積もっています。

いちばんの発見 — 影響は「一人暮らし」に集中する

この研究を読み物として面白くしているのは、平均値ではなく「誰に影響が出るか」を掘り下げているところです。

孤立の悪化は、一人暮らしの人にくっきりと集中していました。終日を一人で過ごす日が増える効果は、同居者がいる人に比べて一人暮らしの人で約 10 倍(7.0 pp 対 0.7 pp)。さらに「誰とも接触しない日」、つまりバリスタとの雑談も、レジ係への挨拶も、すれ違う人との会釈すらない日が増える効果にいたっては、約 13 倍(3.9 pp 対 0.3 pp)でした。

メンタルヘルスでも同じ構図です。心理的苦痛の悪化は、一人暮らしの人で家族と暮らす人のおよそ 2 倍。極めつけは服薬のデータで、一人暮らしのリモートワーカーでは、抑うつや不安に対する処方が 5.1 pp、メンタルヘルス全般の薬の利用が 5.3 pp、それぞれ相対的に増えていました。メンタルヘルスの専門家にかかる確率も 4.6 pp 上がっています。

同居者がいる人では、これらの悪化は統計的に有意でないか、ずっと小さい。つまり「在宅勤務そのもの」というより、「在宅勤務 × 一人暮らし」の組み合わせが、孤立とメンタル悪化の引き金になっている、というのがこの研究のいちばんの発見です。

一人暮らし × フルリモートだった頃の自分

ここで自分の話をします。私はかつて、一人暮らしでフルリモートワークをしていた時期があります。研究が描く「終日を完全に一人で過ごす日」が、放っておけば簡単に成立してしまう環境です。家から一歩も出ず、声を出すのは仕事のオンラインミーティングだけ、という日は確かに作ろうと思えば作れました。

ただ、当時の自分はそれを意識的に避けていました。仕事以外の時間で、積極的に人と会うようにしていたのです。

当時は東京に住んでいたこともあり、フットワークは軽いほうでした。connpass で気になる勉強会を見つけ、予定が合えば現地参加する。技術の話を肴に初対面の人と立ち話をして帰る。いま振り返れば、あれは趣味であると同時に、研究の言葉でいう「終日を一人で過ごす日」を能動的に潰す行為でもありました。リモートワークで仕事中の社交が減るぶんを、仕事の外で取り戻していたわけです。

人と直接交流しない日であっても、効く工夫がありました。以前の記事でも書いたとおり、ポッドキャストを聴くことです。人の声が部屋にあるだけで、不思議と精神的に落ち着きました。テックポッドキャストで知識を仕入れるのが主目的でしたが、副作用として「完全な無音の中で一人」という状態を和らげてくれていた。研究が「誰とも接触しない日」の害を強調しているのを読んで、当時の自分が無意識にやっていた防御策の意味が、後から分かった気がしました。

いまは 5 人暮らし — 同じフルリモートでも別物

そして現在の自分は、妻と子ども 3 人の 5 人暮らしです。同じフルリモートワークでも、研究のフレームで見ると、置かれている状況はまるで違います。

研究が「同居者がいる人では影響がずっと小さい」と示したのは、自分の実感とぴったり重なります。仕事を終えてリビングに出れば、そこには否応なく人がいる。子どもが話しかけてくる、夕食の準備に呼ばれる、宿題を見てほしいと言われる。「終日を完全に一人で過ごす」ことが構造的に不可能なのです。研究のいう「終日を一人で過ごす日」が一人暮らしで 10 倍に増えるのに対し、5 人暮らしの自分にはそもそもその日が訪れない。

これは、フルリモートワークの快適さを家族のいる暮らしが下支えしている、とも言えます。逆に言えば、同じフルリモートワークでも、一人暮らしの人にとっては、私が享受しているこのセーフティネットが存在しない。同じ働き方の名前で呼ばれていても、その人が支払っているコストはまったく違うのだ、ということを、この研究は数字で突きつけてきます。

フルリモートは人を選ぶ — 友人の選択

もう一つ、思い当たる例があります。同僚ではない友人の話です。

彼はフルリモートワークがどうしても自分に合わず、週 1 日の出社が必須の会社へ転職しました。スキルの問題でも、仕事ぶりの問題でもありません。終日を自宅で一人で働き続けるうちに、彼は実際にメンタルを崩してしまったのです。気分の落ち込みが続き、このままの働き方では立ち行かないと感じたといいます。週に一度でも物理的に同僚と顔を合わせる場があるほうが、調子が出る。そういう理由で、わざわざ働き方の制約が増える方向へ転職したわけです。

当時は「そういう人もいるんだな」くらいの受け止めでしたが、この研究を読んだいまは、彼の選択はきわめて合理的だったと思えます。研究は政策的含意として、ハイブリッドワークで出社日を揃える、オンラインでも非公式な交流を促す、といった「孤立を減らす設計」の重要性を挙げています。彼は会社の制度に頼らず、自分の判断で「週 1 出社」という設計を選び取った。自分のメンタルヘルスのコスト構造を、誰よりも正確に把握していたのだと思います。

フルリモートワークは人を選びます。これは精神論ではなく、住環境(一人暮らしか同居か)と気質(一人の時間が苦にならないか)という、わりと身も蓋もない条件によって、向き不向きがはっきり分かれる、という話です。

研究が見落としているかもしれないこと — 補償行動

ただ、この研究には、著者自身が正直に認めている重要な限界があります。それが、自分の経験に照らすと、いちばん腹落ちする論点でした。

一つは、フルリモートとハイブリッドを区別できていないこと。データの制約上、両者を分けられていないので、「週に 1〜2 日の出社があれば影響はずっと小さい、あるいは保護的ですらあるかもしれない」と著者は注記しています。私の友人が選んだ「週 1 出社」が効くという仮説は、研究のレベルではまだ検証されていません。

そしてもう一つ、私にとって決定的なのが、データが 2024 年で途切れていることです。著者はこう書いています。「リモート可能な職種の人たちが、仕事の外で社会的つながりを育てるといった補償的な変化(compensatory changes)をしているなら、その恩恵をまだ十分には刈り取れていないかもしれない」。

これはまさに、一人暮らし時代の自分がやっていたことです。connpass で勉強会に出かけ、ポッドキャストで人の声を部屋に置く。それは、リモートワークが仕事から奪った社交を、仕事の外で意識的に埋め直す補償行動でした。研究のデータは、こうした適応がまだ十分に行き渡る前の、過渡期のスナップショットなのかもしれません。

裏を返せば、補償行動を取れるかどうかで、フルリモートワークのコストは大きく変わるということです。研究が描く悪化は「在宅勤務の不可避な宿命」ではなく、「対策を取らなかった場合のデフォルト値」だと読むべきでしょう。一人暮らしでも、孤立を能動的に潰す仕組みを生活に組み込めれば、コストは下げられる。逆に、5 人暮らしのように構造的なセーフティネットがある人でも、それに甘えていれば別の落とし穴はある。

まとめ — 自分のコスト構造を知る

Science 誌の『Home alone』を、一人暮らしと 5 人暮らしという自分の二つのフルリモート経験と照らし合わせて読んできました。研究から受け取った要点は、次の 3 つです。

  1. 在宅勤務は孤立とメンタルを悪化させる: 社会全体の孤立・メンタル悪化の約 3 分の 1 はリモートワークで説明でき、それは平均でも観測できるほど大きい
  2. 影響は一人暮らしに集中する: 終日を一人で過ごす日は同居者がいる人の約 10 倍、誰とも接触しない日は約 13 倍。同じ働き方でも、住環境でコストが桁違いに変わる
  3. 補償行動でコストは下げられる: 仕事の外で社交を育てる、人の声を生活に置くといった対策は効く。研究のデータはそれが行き渡る前のスナップショットにすぎない

フルリモートワークは人を選びます。でも「向いていない人は諦めろ」という話ではありません。自分のコスト構造、すなわち一人暮らしなのか同居なのか、一人の時間が苦になる気質なのか、を正しく把握したうえで、必要な補償行動を生活に組み込むか、あるいは私の友人のように働き方そのものを設計し直すか。選択肢はいくつもあります。

快適さの裏で静かに積み上がるコストは、数字にしてみないと気づきにくい。この研究の最大の価値は、そのコストを可視化し、「自分はどちら側か」を考えるきっかけをくれたことにあります。

以上、一人暮らしと 5 人暮らしの両方でフルリモートワークをしてきた立場から、孤立とメンタルヘルスの研究を読んで考えたことを、現場からお送りしました。

参考情報