ナルシストなリーダーはなぜリモートワークに抵抗するのか — フルリモート組織を率いる立場から考える
「オフィスの祭壇で私を崇めよ」。ずいぶん挑発的なタイトルの論文が Organizational Behavior and Human Decision Processes に載りました。Wharton School の Marissa S. Shandell、Courtney E. Elliott、そして『GIVE & TAKE』で知られる Adam Grant による Worship me at the office altar: Why narcissistic leaders resist remote work という研究です。主張はシンプルで、しかし居心地が悪い。ナルシシズムの強いリーダーほどリモートワークに抵抗する、そしてその理由は生産性やカルチャーではなく、対面が与えてくれる権力と地位が失われるからだ、というものです。
私はフルリモートを前提とした組織で経営に携わり、CTO として技術と組織の両方を見ています。リモートワークの是非は、この数年ずっと当事者として考え続けてきたテーマです。だからこそ、この論文は他人事として読めませんでした。「リモートに反対する経営者は自己愛が強い」と溜飲を下げるための材料にするのは簡単ですが、それはこの研究のいちばん面白くない読み方です。むしろ問うべきは、リモートを推進する自分の側にも、同じ力学が別の形で働いていないか、ということでしょう。
はじめに一つ、断っておきます。世の中には、その場にいなければ成り立たない仕事が確かにあります。医療・介護・製造・物流・建設・接客のように、物理的な現場そのものが仕事の本質であるなら、リモートかどうかという問いはそもそも当てはまりません。私はそうした仕事の価値を軽んじるつもりは一切なく、むしろ現場を回してくれる人たちがいるから社会が成り立っていると考えています。この記事で扱いたいのは、リモートという選択肢が現実にあるのに、それでもリーダーが対面に固執する、という状況に限った話です。実際この論文でも、フロントライン(現場)労働に依存する業種では、ナルシシズムとリモート抵抗の結びつきは現れませんでした。選択肢がある人たちの話だ、という前提で読んでいただければと思います。
本記事は、この研究が示した事実を、リモート組織を率いる立場から一歩引いて考察するエッセイです。研究の中身を確認したうえで、自分に向けるべき問い、「生産性のため」という説明の点検、そしてリモートが持つガバナンス装置としての側面まで、順に掘り下げていきます。
研究が明らかにしたこと
まず、論文が実際に示した事実を確認しておきます。著者らは 3 つの異なる方法で、同じ仮説を検証しました。ナルシシズムの強いリーダーほどリモートワークに抵抗する、という仮説です。
- Study 1: Fortune 500 の CEO 259 人を対象にした、アーカイブ分析。年次報告書での顔写真の大きさ、署名の大きさ、他の役員に対する報酬倍率という、本人に気づかれずに測れる指標からナルシシズムを推定しました。そのうえで、COVID-19 初期に CEO が公の場で表明したリモートワークへのスタンスを 7 段階でコーディングし、ナルシシズムが高い CEO ほどリモートに抵抗していたことを示しています。
- Study 2: 現役リーダー 359 人を対象にした、3 波の事前登録型調査。ナルシシズムはリモートワークへの抵抗を予測し、その関係は権力への動機と地位への動機によって媒介されていました。重要なのは、信頼(trust)・Big Five・ダークトライアドの残り 2 特性を統制してもなお、ナルシシズム独自の効果が残ったことです。
- Study 3: リーダー 546 人を対象にした、事前登録型の実験。ナルシシズムを一時的に喚起する操作を行うと、リモートワークへの抵抗が高まりました。ただしその経路は権力への動機を通じてであり、地位への動機を通じてではありませんでした。
3 つの研究を貫くのは、著者らが依拠する 2 つの理論です。1 つは ナルシシズムを「自尊心を守り高めるための自己制御システム」と捉える extended agency model。もう 1 つは、コミュニケーション媒体が伝える情報の豊かさに差があるとする media richness theory(メディアリッチネス理論)です。この 2 つを組み合わせると、なぜナルシシストが対面に固執するのかが見えてきます。
ここで念を押しておきたいのは、この研究が扱うナルシシズムは臨床的な人格障害ではなく、誰もが程度の差で持っている正常なパーソナリティの一次元だということです。連続量であり、中程度であれば大胆さやビジョンとして機能する側面もある。だからこの話は「あの経営者は病んでいる」というレッテル貼りではなく、自分自身を含む誰にでも当てはまりうる傾向の話として読むのが正確です。
なぜ対面は自己愛を満たすのか
論文の議論の中心は、権力(power)と地位(status)という 2 つの動機です。著者らはこれを丁寧に区別しています。権力とは他者をコントロールし、指示できることへの欲求。地位とは他者から称賛され、承認されることへの欲求です。ナルシシストはこの両方を強く求め、そして対面のオフィスはその両方を効率よく供給してくれる場である、というのが議論の骨格です。
対面の何がそんなに効くのか。media richness theory の言葉を借りれば、対面は最も豊かな媒体です。表情、声のトーン、視線、身振り、沈黙の間合いといった多様な手がかりが、その場で即座にやりとりされる。リーダーはこの豊かなチャンネルを使って、部屋の中で最も大きな声になり、視線を集め、敬意を引き出すことができます。論文が引く「managing by walking around」(歩き回るマネジメント)という古典的な統制の形も、物理的に同じ空間にいてはじめて成立するものです。
リモートワークは、この供給を細らせます。部下はカメラをオフにできる。感情を画面の向こうに隠せる。メールやチャットへの返信を後回しにできる。スケジュールを自分の都合で組める。ビデオ会議では、リーダーは角部屋の大きなデスクから、画面上の小さな四角形へと降格させられ、そのサイズは部下と同じです。論文が印象的に指摘するのは、こうした変化がナルシシストにとって「自己愛の供給(narcissistic supply)」の枯渇として体験される、という点です。称賛と服従がリアルタイムで返ってこない環境は、彼らにとって自尊心が絶えず脅かされる場所になります。
だから抵抗は、しばしば生産性やコラボレーションの言葉で語られながら、その根には自分の権力と地位を守りたいという自己中心的な動機がある。これが論文の核心的な主張です。実際 Study 1 では、ナルシシズムの強い CEO はコラボレーションと学習への懸念を口にする傾向がありましたが、生産性そのものへの懸念とは有意に結びついていませんでした。言葉と動機のあいだにズレがある、というわけです。
自分に向けるべき問い
ここからが、リモート組織を率いる私にとって本題です。この研究を読んで最初にすべきなのは、リモートに反対する誰かを名指しすることではなく、鏡を自分に向けることだと思っています。
フルリモートの経営者である私は、この力学から自由なのでしょうか。答えは、たぶん「いいえ」です。権力や地位への欲求そのものは自然なもので、程度の差はあれ私の中にもあります。リモートを選んでいるからといって、それが消えるわけではありません。ただ、供給される経路が違うだけです。
むしろ危ういのは、「自分はリモートを推進しているのだから、権力志向とは無縁だ」と思い込むことでしょう。リモート組織にも、非同期のドキュメントで議論を支配する、Slack の反応の数で自分の影響力を測る、レビューで自分の好みを通すといった、形を変えた権力と地位の追求はいくらでもあります。この研究が突きつけるのは「対面が悪」という単純な図式ではなく、「リーダーの動機は、自分で思っているほど組織のためではないかもしれない」という、もっと普遍的な問いです。
だから私は、働き方に関する自分の主張を点検するとき、こう自問するようにしています。この判断は、組織の成果のためか、それとも自分が中心でいたいためか。もし明日、自分がまったく目立たない働き方に組織が移行するとして、私はそれを歓迎できるか。この問いに正直に「イエス」と答えられないなら、その主張には自己愛の混ざり物があると疑ったほうがいい。自己診断はあてにならないからこそ、問いを手元に持っておくことに意味があります。
「生産性」「カルチャー」という説明を点検する
この研究のいちばん実務的な含意は、働き方をめぐる議論で語られる「理由」を額面どおりに受け取らないほうがいい、ということです。生産性が下がる、カルチャーが薄まる、コラボレーションが失われる、偶発的な学びが起きない。どれももっともらしく、そして実際にリモートの弱点でもあります。だからこそ、本物の懸念と、権力・地位の防衛が理由の衣を着ただけのものとを、見分けるのが難しい。
見分けの手がかりは、主張が反証可能な形をしているかどうかだと思います。「生産性が下がる」なら、どの指標で、いつからいつまで、どれだけ下がったのかを問える。データを見て、対策で改善するなら考えを変える余地がある。一方、「やはり顔を合わせないと駄目だ」「オフィスにいないと本気度が伝わらない」といった、測定も反証もできない語り口が続くなら、そこには成果とは別の何かが混ざっている可能性を疑ってよい。論文の CEO たちの引用には、まさにこの反証不能な語り口が並んでいます。
そして忘れてはならないのが、RTO(return-to-office、オフィス回帰)命令には実在するコストがある、という点です。論文も引くように、一律の出社命令は従業員の満足度と定着率を下げ、とりわけシニアで市場価値の高い人材の離職を招きやすい。WFH Research が積み上げてきた各国のデータも、柔軟な働き方が採用と定着の競争力になっていることを示しています。もし出社を求める動機の一部が、経営者個人の権力と地位の回復にあるのだとしたら、組織はその私的な満足のために、人材という最も高価な資産を差し出していることになります。ここが、この研究を単なる心理学の小話で終わらせてはいけない理由です。
リモートは権力を分散させる装置でもある
ここまでは論文の内容と、それを受けた自省です。最後に、リモート組織を率いる立場から一歩踏み込んだ考えを書いておきます。それは、リモートワークは単なる柔軟性の手段ではなく、リーダーの権力を構造的に分散させるガバナンス装置でもある、という見方です。
論文の論理を裏返すと、こうなります。対面が権力と地位を効率よく供給するなら、リモートはその供給を意図的に細らせる仕組みだ、と。ビデオ会議で全員が同じサイズの四角形になること、意思決定が非同期のドキュメントとして文字で残ること、指示が声の大きさではなく書かれた論理として検証にさらされること。ナルシシストにとって不快なこれらの特性は、ガバナンスの観点からはむしろ望ましい。権威が物理的な存在感から切り離され、判断が中身で評価される方向に働くからです。
書かれた文化(writing culture)は、その中核だと考えています。口頭の会議では、声の大きさ、役職、その場の空気が結論を左右しやすい。文字で提案し、非同期でレビューし、決定を記録に残す運用は、この属人的な圧力を薄めます。誰が言ったかより、何が書かれているか。この規範が効いている組織では、リーダーの自己愛が結論をゆがめる余地が小さくなります。リモートを選ぶことは、柔軟性を得ると同時に、リーダー自身の権力を意図的に抑制する自己拘束でもある。私はそう理解しています。
もちろん、これは万能ではありません。文字の文化にも、長文で場を支配する人、レビューで自分の好みを押し通す人という、形を変えた権力の集中は起こりえます。リモートは権力を自動的に平らにしてはくれません。装置を活かすには、決定の透明性、反対意見が安全に出せる心理的安全性、そして働き方そのものを一人の経営者が独断で決めない仕組みが要ります。論文も、リモート方針を決める委員会を組むときにはメンバーのナルシシズム傾向を考慮し、決定をより協働的にせよ、と提言しています。働き方を誰がどう決めるかという設計そのものが、ガバナンスの問題なのです。
決めつけないための注意
一歩引いて考えると銘打った以上、この研究を過剰に一般化しないための留保も、正直に書いておくべきでしょう。
第一に、ナルシシズムは連続量であり、これは相関の話です。リモートに反対する個人がナルシシストだと診断できるものではないし、逆にリモートを推進する人が謙虚だと保証されるわけでもありません。第二に、Big Five やダークトライアドの他特性を統制してなお効果が残ったとはいえ、これは統計的な平均の傾向であって、目の前の一人を説明する道具ではありません。第三に、対面には自己愛と無関係の正当な価値も確かにあります。新人の育成、偶発的な対話、複雑な信頼形成。リモートがこれらに弱いのは事実で、それを認めないのはこの研究の逆側の誤用です。
つまりこの論文は、「リモートが正しくて出社が間違い」と言っているのではありません。働き方の議論には、成果とは別の、リーダー個人の権力と地位への欲求という変数が混ざりうる、それを見落とすと組織は高い代償を払う、と言っているのです。リモート派にとっても出社派にとっても、点検すべきは相手の動機である前に、自分の動機のほうです。
まとめ
Wharton の研究が示した事実と、それをリモート組織の立場から考えたことを、3 点にまとめます。
- 抵抗の根には権力と地位がある: ナルシシズムの強いリーダーがリモートに抵抗するのは、生産性やカルチャーのためというより、対面が供給する権力と地位が失われるからだ、と 3 つの研究が一貫して示した
- 点検すべきは自分の動機: 鏡を他者に向けるのは簡単だが、リモートを推進する側にも形を変えた自己愛は働きうる。働き方の主張が反証可能か、自分が目立たない働き方を歓迎できるかを自問する
- リモートはガバナンス装置: 権威を物理的な存在感から切り離し、判断を中身で評価させる。書かれた文化と、働き方を独断で決めない設計が、その効果を支える
論文は「権威と栄光の追求は、柔軟性の敵になりうる」という一文で締めくくられています。裏を返せば、フルリモートを選ぶことは、経営者が自らの権威と栄光を少し手放し、中身が存在感に勝つ組織に賭ける、という選択でもあります。その賭けに誠実であるために、まず自分の動機を疑い続けること。この研究から私が受け取った、いちばん実践的な宿題はそれでした。
以上、フルリモート組織で経営に携わる立場から、ナルシシズムとリモートワークをめぐる研究を一歩引いて考えたことを、現場からお送りしました。
参考情報
- Shandell, M. S., Elliott, C. E., & Grant, A. M. (2026). Worship me at the office altar: Why narcissistic leaders resist remote work. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 195, 104496.
- 同論文 DOI: 10.1016/j.obhdp.2026.104496
- Adam Grant 公式サイト
- Media Richness Theory(Wikipedia)
- WFH Research(リモートワークの実証データ)