Block「From Hierarchy to Intelligence」から学ぶ - 日本のスタートアップ CTO が考えるべき組織設計の転換点
先日、Block(旧 Square)の Jack Dorsey と Sequoia Capital の Roelof Botha が共同で「From Hierarchy to Intelligence」という論考を発表しました。ヒエラルキー型組織の 2,000 年の歴史を振り返った上で、AI が情報のルーティングを担うことで組織設計が根本から変わるという主張です。
- From Hierarchy to Intelligence(Block, Inc.)
- From Hierarchy to Intelligence(Sequoia Capital)
論考の中でこう書かれています。「ほとんどの企業は AI を生産性向上ツールとして捉えている。しかし、AI が私たちの協働のあり方そのものを変える可能性に目を向けている企業はほとんどない」と。
日本でスタートアップを経営する CTO として、この論考から何を学び、何を今すぐ取り入れるべきかを整理します。
論考の核心: ヒエラルキーは情報ルーティングの仕組みだった
「From Hierarchy to Intelligence」の出発点は、ヒエラルキー(階層構造)の本質の再定義です。
ローマ軍の 8 人小隊(コントゥベルニウム)から、ナポレオンに敗れたプロイセンが発明した参謀本部制度、1850 年代半ばのアメリカ鉄道会社の組織図に至るまで、6 つの時代を通じた 2,000 年の組織設計の歴史が要約されています。その結論は明確です。
Two thousand years of organizational innovation has been an attempt to work around this tradeoff without breaking it.
2,000 年にわたる組織のイノベーションは、このトレードオフを壊さずに回避する試みだった
ここでいう「トレードオフ」とは、1 人のリーダーが直接管理できる人数(スパン・オブ・コントロール)は 3〜8 人が限界であり、管理幅を狭めれば階層が増え、階層が増えれば情報の流れが遅くなるという構造的な矛盾です。
Spotify の Squad モデル、Zappos の Holacracy、Valve のフラット組織。これらはすべてヒエラルキーの問題を解消しようとした試みですが、規模が拡大すると結局ヒエラルキーに回帰しました。なぜなら、情報のルーティングを担う仕組みがヒエラルキー以外に存在しなかったからです。
この論考が主張しているのは、AI がその「ヒエラルキー以外の仕組み」になり得るということです。
Block が提示した 4 層モデル
Block は従来の組織図を捨て、以下の 4 層構造への移行を宣言しました。
1. Capabilities(ケイパビリティ)
決済、融資、カード発行、銀行業務、BNPL、給与計算など、Block が持つ金融機能のアトミックな構成要素です。UI は持たず、信頼性・コンプライアンス・パフォーマンスのターゲットに集中します。
2. World Models(ワールドモデル)
この層が論考の核心です。2 つのモデルで構成されます。
- Company World Model: 何が作られていて、何がブロックされていて、リソースがどう配分されているかをリアルタイムに把握するモデル。従来マネージャーが担っていた「情報のルーティング」を代替します
- Customer World Model: 取引データに基づく顧客ごと・加盟店ごとの理解モデル。Block は Square の加盟店側と Cash App の消費者側の両方のデータを持っているため、取引の両面を観察できるという優位性があります
3. Intelligence Layer(インテリジェンス層)
Capabilities を組み合わせて、特定のタイミングで能動的にソリューションを提供する層です。例えば、レストランの季節的なキャッシュフロー逼迫を検知して短期融資と返済スケジュールの調整を自動的に提案する、といった動きをします。
重要なのは、この層が解決策を「組み立てられない」場合、その失敗シグナルが自動的にプロダクトロードマップになるという設計です。PM が仮説を立ててロードマップを作るのではなく、システムの限界がロードマップを生成します。
4. Interfaces(インターフェース)
Square、Cash App、Afterpay、TIDAL、bitkey といったユーザー接点です。重要ではあるものの、価値が生まれる場所ではないと位置づけています。
3 つの役割: マネージャー不在の組織
この 4 層モデルの上で、Block は 3 つの役割を定義しました。
| 役割 | 概要 |
|---|---|
| IC(Individual Contributor) | Capabilities、World Models、Intelligence Layer、Interfaces を構築・運用する専門家。World Model がコンテキストを提供するため、承認を待たずに意思決定できる |
| DRI(Directly Responsible Individual) | 特定の問題やカスタマーアウトカムを期間限定で所有する人物。チームを横断してリソースを引き出す全権を持つ(例: 「特定セグメントの加盟店離脱を 90 日間で改善する」) |
| Player-Coach | 開発もしながら人材育成も行う。従来のマネージャーとの違いは、情報のルーティングが仕事ではないこと。ステータス会議やアラインメントセッションは World Model が代替する |
永続的な中間管理職の層は廃止されます。
日本のスタートアップ CTO として考えるべきこと
Block は時価総額数兆円規模の企業であり、Square と Cash App という 2 つのネットワーク効果を持つプラットフォームの取引データがあるからこそ成立するモデルです。そのまま日本のスタートアップに適用することは現実的ではありません。
しかし、この論考にはスタートアップの組織設計にも直接応用できる示唆がいくつもあります。
1. マネージャーの業務を棚卸しして情報ルーティングを切り出す
日本のスタートアップでも、10 人を超えたあたりからマネージャーを置き始めます。しかし、そのマネージャーの仕事の多くは「情報のルーティング」です。上からの方針を咀嚼してチームに伝える、チームの進捗を上に報告する、他チームとの調整を行う。
Block の論考が示しているのは、この情報ルーティング機能は AI に代替可能だということです。
スタートアップの CTO がまずやるべきことは、自社のマネージャーが実際にどの業務に時間を使っているかを棚卸しすることです。情報のルーティングに 60% 以上の時間を使っているなら、その機能は仕組みで代替できる余地があります。
2. 「仕事の成果物」をマシンリーダブルにする
Block のモデルが成立する前提条件の 1 つは、リモートファーストの組織運営です。リモートワークでは、意思決定、議論、設計、計画、進捗がすべてテキストベースのアーティファクトとして残ります。これが World Model の入力データになります。
私たちの組織はフルリモートで運営しているため、この前提条件はすでに満たしています。Slack でのやり取り、GitHub 上の議論、ドキュメントベースの意思決定など、日常のコミュニケーションがテキストとして蓄積されています。フルリモート組織にとって、Block のモデルは「遠い未来の話」ではなく、今あるアーティファクトの活用方法を一歩進めるだけで実現に近づけるものです。
ただし、テキストが残っているだけでは十分ではありません。それを AI が参照しやすい形で構造化する必要があります。
具体的には以下を実践します。
- 意思決定はすべて ADR(Architecture Decision Records)として記録する
- Slack や Discord でのスレッドを、決定事項のサマリーとともにドキュメントに転記する
- 会議は録画し、Claude や Whisper で文字起こしして要約を残す
3. DRI モデルを導入する
Block が提示した DRI(Directly Responsible Individual)は、日本のスタートアップにそのまま導入できるモデルです。
従来の「チームリーダー」や「プロジェクトマネージャー」は恒常的な役割ですが、DRI は時限的です。「この課題を 90 日間で解決する」という明確なスコープと期限があり、その期間はチームを横断してリソースを引き出す全権を持ちます。
スタートアップでは、リソースが限られているからこそ、特定の課題に対してフルオーソリティを持つ DRI を都度任命する方が効率的です。常設のプロジェクトマネージャーを置く余裕がないなら、DRI モデルの方が自然にフィットします。
4. 失敗シグナルをロードマップにする
Block の Intelligence Layer の設計思想で最も示唆深いのは、「解決策を組み立てられない」という失敗シグナルがプロダクトロードマップを生成するという考え方です。
多くのスタートアップでは、PM やビジネスサイドが仮説ベースでロードマップを作ります。しかし、実際のユーザー行動データやシステムの限界から自動的にギャップを検出する仕組みがあれば、より正確なロードマップが得られます。
論考の中でこう述べられています。
Money is the most honest signal in the world.
お金は世界で最も正直なシグナルだ
取引データや行動データに基づく「システムの限界点」の検出は、PM の直感よりも正確です。スタートアップの CTO は、プロダクトのログやメトリクスから「今のシステムでは対応できないケース」を自動的に検出する仕組みを設計すべきです。
5. 「AI は何を代替できるか」ではなく「AI は何を明らかにするか」を問う
論考の最後に、最も重要な問いが提示されています。
What can AI coordinate that hierarchy currently coordinates in your organization? If the answer is nothing, AI is just a cost optimization story. If the answer is deep, AI doesn’t augment your company. It reveals what your company actually is.
AI があなたの組織でヒエラルキーが現在調整しているものを調整できるとしたら、その答えが「何もない」なら、AI は単なるコスト最適化の話に過ぎない。その答えが深いものなら、AI はあなたの会社を拡張するのではない。あなたの会社が実際に何であるかを明らかにする
「AI でコードを速く書けるようになった」「AI で人を減らせる」という議論は、AI をコスト最適化ツールとして捉えています。Block が提案しているのは、AI を組織設計の根本的な前提を変えるものとして捉えることです。
スタートアップの CTO として自問すべきは、「AI を導入して何が効率化されるか」ではなく、「AI が情報のルーティングを担った時、自社の組織はどうあるべきか」です。
現実的な第一歩
Block 自身も、この移行はまだ初期段階であり、うまくいかない部分もあると認めています。
Block is in the early stages of this transition. It will be a difficult one, and parts of it will likely break before they work.
Block はこの移行の初期段階にある。困難な移行になるだろう。壊れてから動くようになる部分もあるだろう
日本のスタートアップが今すぐ全面的にこのモデルを採用する必要はありません。しかし、以下の 3 つは今日から始められます。
- マネージャーの業務を棚卸しする: 情報ルーティングに使っている時間の割合を計測する
- 意思決定をテキスト化する: ADR を導入し、すべての技術的意思決定をマシンリーダブルな形で記録する
- DRI を試す: 次の重要プロジェクトで、期間限定の DRI を 1 人任命し、従来のプロジェクト管理と比較する
組織設計の未来は、ヒエラルキーの完全な廃止ではなく、ヒエラルキーが担ってきた機能のうち AI に移転可能なものを特定し、段階的に移行することです。Block の「From Hierarchy to Intelligence」は、その方向性を示す最も体系的な論考の 1 つです。
以上、AI 時代の組織設計を考えている現場からお送りしました。
参考情報
- From Hierarchy to Intelligence(Block, Inc.)
- From Hierarchy to Intelligence(Sequoia Capital)
- Jack Dorsey による X でのポスト